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電子出版制作・流通協議会



News Letter Vol.011 2013年電流協特別セミナー

2013年02月04日 13:30-15:30
日本教育会館 7階 中会議室(701・702)

■講演1

「2013年の日本の電子出版を考える 端末とストアの比較から」
 朝日新聞社デジタル事業本部ビジネス企画開発セクション
  林智彦様

(※下記に掲げた情報は、いずれも発表当時のものです。その後変化している可能性があります)

 本講演では、電子書籍端末と電子書籍ストアの比較から、電子書籍ビジネスの、今後の発展の方向性を考えてみます。
 2012年は電子書籍関連の動きが、非常に活発でした。電子書籍ストアが増え、一般の方の間での電子書籍に対する認知も進み、そもそも電子書籍とは何か、といった基本については、細かく説明しなくてもわかってもらえるようになりました。
 電子書籍が読む「窓」となる、専用端末・タブレット・スマートフォンなどが増えたことも、電子書籍の普及にとっては追い風です。インプレスR&D『スマートフォン/ケータイ利用動向調査』(http://www.impressrd.jp/news/121120/kwp2013)によると、スマートフォンの利用率は、個人の39.9%・企業の41.7%にのぼっています。
 これまで、日本で電子書籍の普及が進まない理由として、「読める端末が少ない」「コンテンツ数の不足」「電子書籍の利用者が少ない」という3つの要素が挙げられてきました。これらの要素は互いに「鶏と卵」の関係にあります。端末が少ないから利用者が少ない、利用者が少ないからコンテンツが増えない、コンテンツが増えないから利用者が増えない……という関係、いわば、「電子書籍のトリレンマ」です。しかし、2012年、少なくともこのうち「読める端末が少ない」という点は、ほぼ解消されたと考えていいでしょう
 競争のための条件が整い、各プレイヤーが同一のスタート地点に立ったところで、次に何を考えればいいのか、というのが今回のお題です。

 

■電子書籍のスペック競争に意味があるのか
 ここで注目したいのが、何を競争の指標とするか、です。日本の電子書籍に関する議論では、常に「タイトル数」と「端末」が、関心の中心を占めてきました。2012年10月、Kindleが日本でサービスインしましたが、ここでも注目されたのは品揃え。他のストアよりも1万点ほど少ないことが、各所で指摘されました。しかし、一般の人にはKindleストアが5万点で他のストアが6万点と言われても、正直ピンときません。また、端末の仕様を細かく説明し、比較するような記事も目立ちましたが、これも一般の読者からみて意味のあることだったかというと疑問です。
 「タイトル数」とか「端末の性能」等、わかりやすい指標をベースに競争するというのは、日本のお家芸のような気がします。世界最大の家電展示会「CES」では毎年、世界の家電トップメーカーが新製品を披露しますが、今年の日本メーカーは「4K」が目玉でした。これはフルハイビジョンの4倍もの解像度を持つテレビのことです。確かに、すごいスペックかもしれませんが、注目すべき製品を選ぶ「Best of CES」に、日本製品は一つも選ばれませんでした。4Kテレビで受賞したのは、ユニークなデザインのフレームが受けたサムスンだけでした。
 日本メーカーはCESに高スペックの製品を出展するが、それにふさわしい注目を集められない、という現象が、ここ何年か続いています。なぜなのでしょうか。日本メーカーは、海外メーカーにスペック競争を挑んでいるのですが、日本以外のメーカーは、「スペック」で競争しているつもりはなくて、コンセプトやデザイン、サービスなど、別の領域で競争している、そんな気がするのです。
 電子書籍にも同じことが言えます。日本の電子書籍事業者はAmazonを黒船、つまり仮想敵ととらえ、この数年間体制整備をしてきましたが、そのマイルストーンは結局のところ「タイトル数」と「端末の性能」。しかし、Amazonは、果たしてこの観点で競争をとらえているのでしょうか。
 もう一つ言及するのを忘れていました。コンテンツについては、点数競争だけじゃなくて「先行配信」に取り組む事業者も多い。確かに、一定期間特定のプラットフォームが先行配信、というとインパクトはあります。しかし、同じ本が特定の書店で買えるが他の書店では買えない、ということが、長期的に見て読者の利便性につながるとは思えません。逆に不便ではないでしょうか。「不便」がプロモーション手段になるのは、電子書籍の普及が進まず、社会のインフラたりえていないからです。紙の書籍と同じレベルで社会のインフラになったら、「特定の本屋だけで売っている」というのが、売りになるかどうか疑問です。
 話を元に戻します。日本の電子書籍事業者は、これまでずっとコンテンツと端末の両面で「スペック競争」をしてきました。ところでAmazonのジェフ・ベゾスは、「電子書籍はサービスである」と何度も述べています。
 この「サービス」とはどういう意味か。それを考えてみたいのです。日本では、このベゾスの発言を、次のような意味で解釈していると思われます。つまり、電子書籍の事業では、端末だけではなくて、本好きの心をつかむ品揃えや機能が大事である、と。
 しかし、本当にそうでしょうか?
 そもそも、「サービス」という単語の意味自体、日本語と英語でズレがある、と言われることも多いのですが、ここでは仮に、ベゾスの言葉を、「電子書籍とはウェブサービスである」という意味だととらえた場合、どんなことが言えるか、考えてみたいと思います。

 

■電子書籍はウェブサービスである、としたら?
 電子出版は、出版・ウェブ・テクノロジーの3つの領域がかさなりあって成立しています。これまで日本では、「電子書籍ブーム」と呼ばれるムーブメントが3度ほどありました。第一次電子書籍ブーム(1998~2000年)、第二次電子書籍ブーム(2003~2007年)、そして2009年ごろから始まる、今回の第三次電子書籍ブームです。
 前二回のブームと今回のそれとの「違い」について、いろいろな点が指摘されています。
 よく言われるのが高速無線回線です。第一次ブームのときはまだ第二世代ガラケーの本格普及前でしたし、第二次ブームの時は高速固定回線(ブロードバンド)が普及したあたりで、ガラケーは第三世代に移行してはいたものの、家庭内無線LANの普及がまだでした。今回は、セルラー無線回線、家庭内有線回線+家庭内無線LAN、これらを前提としたスマートフォンやタブレットが、普及の促進要因であったことは間違いないと思います。これらはインフラやデバイスであり、「テクノロジー」の領域における要因です。Kindleの成功要因の一つとして、3G回線を無料にしたことがよく挙げられることは、みなさんご存知のとおりです。
 ですがそれと同時に忘れてはならないのが、ウェブの進化です。第一次・第二次ブームの前半までは、いわゆる静的なページが中心だったウェブが、2005年のGoogle Mapの登場以降、Ajaxを使って、デスクトップアプリと変わらない操作性や使い勝手を実現できるようになりました。またクラウドやリコメンデーション技術と組み合わされ、ユーザーとのダイナミックなインタラクションが可能になりました。「ウェブ2.0」です。
 ウェブはテクノロジーでもありますが、同時に発想であり、サービスでもあります。テクノロジーだけではなくて、「それを使って何をするか」まで含んだ概念です。
 つまり、出版+ウェブ+テクノロジーの発達が相まって、初めてKindleの成功がもたらされた、ということです。
 こう考えると、よい電子書籍サービスとは何か、という問いに答える際に、コンテンツの数・質と端末の性能にのみ着目するのは、偏った見方だということが言えると思います。コンテンツの数や質に注目するのは、電子書籍を「出版」の視点から見ているからでしょう。端末の性能に注目するのは、電子書籍を「テクノロジー」から見ているからでしょう。しかし、電子書籍の成功要因を、主に「ウェブ」に求めると、違った風景が見えてきます。
 「電子書籍(の本質)はウェブサービスである」。ベゾスの言葉をこう解釈すると、ウェブビジネスのキー概念が、電子書籍にも応用できることになります。ウェブのキー概念とは何か。会員ID、課金、購入導線、SEO(Search Engine Optimization)、SMO(Social Media Optimiation)、PVやUUあたりになりますか。

 さらにネット時代の消費者行動のモデルとして、AISAS理論というモデルが提案されています。Attention, Interest, Search, Action, Shareという5つの要素で消費者行動を整理したモデルです。今日はこのうち、Search/Action/Shareという3つの要素に絞って考えてみます。

 

■各事業者の「ウェブサービス」としての実力を判定する
 インプレスR&Dが2013年1月に発表した「OnDeck電子書籍ストア利用率調査」で、人気ナンバーワンのストアはKindleストア、ついで紀伊國屋BookWeb(現紀伊國屋書店ウェブストア)、三番目がReader Store、楽天Kobo、BookLive!でした。
 これらのストアが、Searchの観点から観察した場合に、どのように見えるか。
 ウェブサービスの実力の基本は、PVです。各事業サイトのPVを、donnamediaというPV推計サイトで調べてみると、ECの大手であるAmazonと楽天のPVは桁外れに多い、という結果が出ます。楽天は月間30億PV、Amazon.co.jpは14億PVです。
 これに対して、SonyのReader Storeは、単独でのPVが計測できなかったので日本のSony全体を採用するとしても、6000万PV。紀伊國屋BookWebは600万、BookLive!は270万PVとなっています。つまり「入り口」からして実力差があるわけです(以上は推計なので、正確性は担保されていません。特にSonyは少なすぎると思われます)。
 次に検索エンジン等、外部からの流入について調べてみます。ウェブサービスにおいては、Searchして、発見できないものは存在しないのと同じです。ネット上でものを発見する手段としては、検索エンジンとソーシャルメディアがあります。だからSEOとSMOが重要になります。この観点から見て、各事業者の実力はどうなのか。
 2012年のベストセラー本の1位は、阿川佐和子さんの『聞く力』でした。この本の電子版を、Googleで検索してみましょう。

 一般にSEO業界では、商品を検索したとき、検索結果画面のファーストビュー(ブラウザーで表示される第一画面)、中でも上位5番めまでに表示されないとそのサイトの利用率はぐんと下がる、ということが言われています。
 「聞く力 電子書籍」というキーワードでGoogle検索(Chromeのシークレットモードを使用し、過去の検索履歴などは反映されないようにしています)をすると、2位にKindle(紙の本だが電子版へのリンクあり)、3位BookLive!、4位に楽天ブックス(紙の本だが発表当時は電子版へのリンクなし=現在はあり)がランクインしました。紀伊國屋は7位と8位に表示されましたが、7位に表示されたのは別の本でした。Reader Storeはセカンドビューでした。
 つまりSEO的には、Kindle、BookLive!は合格、それ以外は不合格です。
 ネット業界でエイジングといいますが、Googleは古いドメインを新しいドメインよりも高く評価します。新興サービスであるBookLive!が3位に入っているのは、相当の対策を打っているためだと考えられます。

 次に、SMOを調べてみます。ソーシャルメディア共通のプロトコルとして、OGP(Open Graph Protocol)があります。Facebook、GREE、mixi、Google+などが採用しており、これを設定すると、SNS上でページをシェアしたときに、そのコンテンツの正しい情報が、SNS上で表示されます。OGPがきちんと設定されているのといないのとでは、見る人の印象がまったく違います。電子書籍のサービスでは、特に表紙と内容紹介が正確に設定され、表示されることが重要です。
 以下に見るように、BookLive!では、表紙と内容紹介がきれいに表示されます。他方Reader Storeでは、何も出て来ません。


 
 Facebookでは、「いいね!」ボタンの最適化も重要です。
 「いいね!」ボタンには3種類あります。IFRAME版、「シェア」ボタン、XFBML版です。このうちIFRAME版は「いいね!」した、という情報がウォールに流れるだけで、ほとんど効果がありません。「シェア」は別画面がポップアップするのでちょっとわずらわしい。XFBML版は、「いいね!」と同時にコメントが書ける、というもので、最も効果的な選択肢です。

 これらを総合すると、次の表のようになります。紀伊國屋書店は、OGPが設定されておらず、「いいね!」ボタンもありません(当時。現在は設定されている)。

 次にActionについて調べてみます。ここでいうActionというのは購入です。購入導線をいかにうまく設計するか、がウェブやECでは非常に重要です。入力や選択の手間、画面遷移が一つ増えただけで、離脱率が高まってしまう。EC業界では、離脱率を下げるため、いかに入力や選択の手間を減らすか、画面遷移を減らすかに日夜努力しています。
 この点、Amazonは非常に強力な武器を持っています。ワンクリック特許です。Kindleでも、コンテンツをワンクリックで買える。これが大きな強みになっていることは確かです。
 しかし、ワンクリックができないと、他事業者は太刀打ちできないかというと、そんなことはないと思います。 
 具体的に見てみましょう。電子書籍はPCサイトやアプリでも買えますが、ここでは一番差がわかりやすい専用端末に絞ります。
 Kindle Paperwhite(無線LANモデル)はストアの本の紹介画面で、「購入」を押すと即時に購入が完了します。ダウンロードも自動的に始まり、終了します。ホーム画面に行けば、すぐ読むことができます。
 ユーザーに必要なのは、ボタンを押すだけです。迷う余地はまったくありません。
 アメリカ市場でKindleは両親へのクリスマスプレゼントとして大人気だそうです。なぜかというと、特に3G端末は箱を開ければすぐ使え、高齢者であっても、何の説明をしなくても読書を楽しめるからです。緻密な購入導線設計が、功を奏したわけです。
 この点は特に電子ペーパーの専用端末では効いてきます。電子ペーパー端末は液晶端末よりタッチ操作の反応速度が遅く、その分UI設計をうまくやらないと、ユーザー満足度が下がってしまうからです。
 電子ペーパーの専用端末という点では先輩の、Sony Readerはどうでしょうか。
 ここで紹介するのはPRS-T1という前世代のモデルの、発売当時の画面です。ファームアップデート等により、現在の購入導線はここで紹介するものよりも、多少簡略化されています。そのためここでの解説は参考レベル、と考えてください(ただし基本的なフローは変わっていないことを確認しています。購入フローは、ソニーサイトの動画でも確認できます URLは、http://www.sony.jp/support/reader/movie/setup/prs-t2-readerstore.html)。
 PRS-T1でストアの本を買おうとすると、「サンプル」「キープリストへ」「カートへ」の3つのボタンが並んでいます(下記画面は検索結果ですが、一冊の本の紹介ページでも同じ)。なぜか「キープリストへ」が一番大きく、目立つようになっています。

「カートへ」が「購入」にあたるのでしょうか。「カート」というと商品をまとめるイメージがあります。しかし「キープリスト」も本をまとめるイメージがあります。両者はどう違うのでしょうか?
 もう買う本が決まっていて、一品だけ買いたい、という人はここで迷ってしまいます。まあ、たぶん「カートへ」でいいのでしょう。「カート」を押すと、どうなるか。実は、「カートへ」とあったのとまったく同じ場所に「キープリストへ」というボタンが大きく表示されます。前の段階で押したボタンと同じ場所にありますから、ついこれが、購入のために押すべきボタンだと勘違いしてしまいます。実際、私も何度か押してしまいました。

 しかし、実は「購入」のために押すべきボタンは、画面右下にある「購入手続きへ」なのです。購入手続きは、実はまだ始まっていなかったわけです。
 開発者は、なんとかユーザーに複数の本を一緒に買って欲しかったのでしょう。何も考えずに操作すると「キープリスト」を押してしまうように設計した理由は、そうであるとしか考えられません。しかし、本を一冊一冊買いたいユーザーにはストレスです。
 次に「購入手続きへ」を押すと、今度はIDとパスワードの両方を入力する画面が表示されます。これはその後改善されて、後継機であるPRS-T2は当初から、PRS-T1はファームアップデートでパスワードだけを入力すればよいようになりました。しかしいずれにしろ、何らかの細かい入力が必要であることは変わりません。
 購入プロセスはまだまだ続きます。次はクレジットカードの確認です。クレジットカードは事前に登録してあるのですが、ここで毎回確認し、別のクレジットカードを使うこともできるようになっています。
 開発者は「本を購入するたびにクレジットカードを使い分ける」ユーザーが多いと判断したようです。しかし、ほんとうにそういうユーザーがいるのでしょうか?
 実はクレジットカードの確認は、次の段階にもあります。二度確認するわけです。
 購入が完了しても、もう一つ関門があります。ダウンロードです。Sony Readerの場合、ダウンロードは次の画面で「ダウンロード」ボタンを押さないといけません。ダウンロードが始まったかどうか、終わったのかどうかの確認も、なかなか大変です。画面上部に隠れている「通知領域」をタップする必要があります。
 さてこのように、Sony Readerではかなり長いプロセスを経ないと本を買うことができない。Kindleとくらべて、導線が長大で選択や入力もかなり必要であることがおわかりいただけたかと思います。
 こうした購入プロセスの差がある一方で、Kindleよりも商品点数が多い、少ないと比較することにどれだけの意味があるのか。この点が、もう少し議論されてもいいように思います。
 他事業者ではどうか。Kobo touchでは、「ほぼワンクリック」で本が買えます。BookLive!のLideoは、Kobo touchほど簡単ではありませんが、それでもSony Readerよりは簡単でわかりやすいです。
 以上は専用端末についてですが、アプリについても、ほぼ同じ傾向が指摘できます。

 

■「ウェブとしての電子書籍」とコンバージェンス(融合)
 「電子書籍とは(基本的に)ウェブサービスである」という「仮定」に基いてここまでお話ししてきました。ウェブサービスであるならば、ウェブサービスとして取り組むべきこと、優先すべきことがあります。
 私自身も、編集者出身なのでどうしても「出版」の延長線上として電子書籍を考えがちです。いいコンテンツをそろえ、特集や書評でおすすめすることが最も大事である。こんなふうにどうしても思い込んでしまう。
 他方、メーカーやキャリアの方から見ると、電子書籍も音楽や動画と同じ、ただのビットの塊です。メーカーにとっては、端末を売るための商材、キャリアにとっては、ARPU(加入者一人あたり売上)をかせぐための商材です。電子書籍は他のコンテンツとくらべて、ビットあたり単価が高い優良コンテンツなので、キャリアも熱心に取り組んでいます。
 こうした視点が間違い、というわけではなくて、どれも必要である、ということは、もう少し俯瞰した視点から事態を眺めてみるとよくわかります。
 下記の図は1991年、当時AppleのCEOだったジョン・スカリーが作ったプレゼン資料に、電子書籍の動きを私が書き加えたものです。ジョン・スカリーは、今のスマホやタブレットの原型であるNewton MessagePadを作った人です。
 この図はエレクトロニクスとエンターテインメントに関連する産業のポジションを、それぞれが担う事業の性格に従って整理したもので、縦軸の上が「サービス志向」、下が「プロダクト志向」、横軸の左が「コンテナ(入れ物)」、右が「コンテント(内容)」になっています。

 スカリーがこの時何を言いたかったかというと、スマホやタブレットのような超小型でどこにでも持ち歩ける軽量・高性能なデバイスが普及すると、各産業を区別する敷居がなくなってしまいますよ、ということです。
 スカリーはこのことを「テクノロジー・コンバージェンスからメディア・コンバージェンスへ」という概念で説明したようです。
 「コンバージェンス」は日本語で「融合」と訳されることもありますが、2つ以上のものの違いが、収斂して、なくなってしまうことです。敷居が消滅してしまうことです。
 電子書籍だけを見ているともしかしたら見過ごしてしまうかもしれませんが、他のメディアや産業にも、「融合」は起きています。メディアに関していえば、音楽や映像では、家電メーカーやキャリアが手がけるネット配信は今や当たり前ですし、メディア以外でも、ポータル事業者やEC大手が生鮮食料品まで含む物流に進出する例も、もはやめずらしくありません。
 「ウェブ」はこうした「融合」のすべての基盤となっています。
 すべての産業で起きている動きが、たまたま書籍では、つい最近まで到来していなかった。それがついにやってきたのが「電子書籍」です。
 そこで当事者がとるべき選択肢は、いくつかあると思います。一つは、「出版とはこういうもの」という従来の概念、考え方に固執する道です。
 あるいはテクノロジー企業からすれば「いい端末、いい機能」という以前からの考えを守っていく、という道になるでしょうか。
 しかし、あらゆる産業が融合して一つの平面で競争しているときに、従来からの発想にとどまる、というのは非常にリスクが高いと考えられます。
 出版関連企業がウェブを味方に付けられなければ、ウェブを味方に付けた企業に、まるごと市場を握られるだけでしょう。それがAmazonか、Appleか、はたまた別の新興企業かはわかりませんが、市場を握られることには変わりありません。これはメーカーやキャリアでも同じです。
 他方「いい本」と「ダメな本」、「面白い本」「つまらない本」という区別自体がなくなるわけじゃありません。編集や印刷、販売等、従来の「出版」でつちかわれてきた価値を、ウェブの力を借りて「電子書籍」という新しいメディアの中にきちんと活かすこと、このことが求められているのだと思います。

【講演終わり】

【本文終了】