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News Letter Vol.010 「電子書籍のアクセシビリティ」報告会
「電子書籍のアクセシビリティ」報告会
2013年1月15日 18:00-19:30
日本教育会館 7階 中会議室(701・702)
論文「電子書籍のアクセシビリティ」(情報通信学会誌 104号 12/25刊行)
視覚障害者等の、読みたい本をすぐ読みたいという欲求は、電子書籍のアクセシビリティ機能によって対応可能となり、米国では、2009年のKindel2に音声読み上げ機能が実装されることで、この欲求はほぼ満たされることとなった。しかし日本では、米国にくらべ電子書籍の普及が遅れると共に、アクセシブルな電子書籍がまだ少数である。本稿ではその原因を明らかにすると共に、アクセシブルな電子書籍の普及に向けての、法、制度、技術の課題を示していく。
共同執筆者
松原 聡
東洋大学経済学部教授。
電子出版制作・流通協議会 特別委員会 アクセシビリティ研究委員 委員長。
山口 翔
立命館大学立命館グローバル・イノベーション研究機構 ポストドクトラルフェロー。
東洋大学経済学部非常勤講師。
岡山将也
日立コンサルティング マネージャー。
電子出版制作・流通協議会 TTS研究部会 部会長。
池田敬二
電子出版制作・流通協議会 事務局。
「電子書籍のアクセシビリティ」報告会
●松原 聡
TTSもアクセシビリティマーケットも、障害を持った方に対していろんな形で、電子書籍というものがいろんな機能を発揮できるのではないかという視点での研究です。
・誰のためのアクセシビリティか
何でこういうものが必要なのかというと、まず著作権の問題があります。
著作権法第二章「著作者の権利」第五款「著作権の制限」の項目に、勝手に複製してはいけないという著作者の権利が、制限される内容があります。これは、家庭内の使用・学校の教科書向け・視覚障害者等(視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者)の為であれば、著作者の許諾なしに複製ができます。複製は、コピー・拡大コピー・教科書のためと同時に自動公衆送信を踏まえてのものです。
アクセシビリティに関わるのは、37条「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」これが、視覚障害者等になります。
法律上の整備は進んできましたが充分ではありません。例えば、上肢障害で本の頁をめくれない方は含まれない。
書籍のアクセシビリティとは、書籍の中身(コンテンツ)にアクセスできない人たちに対して、アクセス可能にすべきだということだと考えています。
とすると、視覚障害者等と上肢障害、老眼・白内障の方、指を怪我して頁がめくれないときなど、本が読みたくても読めない人たちも「読書困難者」として広くとらえることが必要という視点を出しました。
部会では、アクセシブルが必要な人たちを捉えていくと、マーケットとしても実は大きいのではないかというのが第一の問題意識でした。
老眼や手の怪我を入れなくても、1,000万人ぐらいのオーダーで、本に対してアクセシブルが必要な人たちがいるでしょう。満員電車内で本を読みたいというニーズも、広い意味での読書が困難な状況です。これらを含めたマーケットの認識が研究の前提です。
マーケットが大きいという話だけではありません。紙の書籍を電子化してTTS対応になればアクセシブルだという話と、もう一つは最初から電子書籍そのものがアクセシブルかという問題が出てきます。
日本の場合、残念ながら電子書籍の普及も遅れていますが、電子書籍ですらアクセシブルではありません。TTSやリフローに対応していない状況です。デジタル化でアクセシブルにする話と、ボーンデジタルの電子書籍がアクセシブルでなくてはいけないという二つの問題があります。
本来、TTS対応・リフロー対応であれば、電子書籍そのものがアクセシビリティを持ちうるものです。
・アクセシブル化の社会的費用
アクセシブルにする社会的な費用を考えなければいけません。37条で規定されている視覚障害者等は、サピエや公共の大学図書館が公的なお金でデジタル化したものを無料で利用できます。研究書一冊を完璧な形で音声読み上げ対応するには、一冊に一ヶ月という時間と10万円のコストがかかり、なかなか数や希望する本が読めるようにならない問題があります。
「共同自炊型図書館」実験は、静岡県立大学の石川准先生が文科省の研究費で始めたものです。37条対象者が自分で本を購入します。その本を送ると自炊して、音声読み上げ可能な形で利用できます。これによって、社会的コストは小さくなります。共同というのは、参加者は他の人が提供した本も読める点です。100人程のグループで、一人5~20冊を提供しています。
電子書籍がアクセシブルであれば、読書困難者もアクセス可能です。本は有料で購入しますが、社会的コストはゼロになります。マーケットを考えると、財政的な余裕があれば視覚不自由な人にとってはこれが一番です。
アクセシブルマーケットを考えるというのは、社会的コストの問題・利用者負担の問題を考えることだと思います。
・ボーンデジタルをアクセシブルに
最初から電子書籍として出るものが、アクセシブルであることがすごく大事です。
日本語の縦書きやルビの問題もEPUB3や技術の進歩で、日本でもアクセシブルになりうる条件が整ってきました。あと一歩、大きなマーケットであるということであれば、業界がそこに進んで行くのではないかというのが一つの視点です。
TTSでは、宇宙という漢字を書いて「そら」とルビがある場合、音声読み上げでどうするのかの問題があります。文科省・総務省が教科書のデジタル化に取り組んでいますが、同様の議論があります。
教科書は、昔でよかったと思います。昔の教科書は、非常にシンプルで、色もなく、文庫本的な装飾のないものでした。現在は、昔の参考書で、カラーの図があり、一つ一つキャラクターが説明しています。これをどうにかしようと言っているのがおかしい。デジタル化や音声読み上げを優先したときのコンテンツのあり方、デジタル化に似合ったものにすべきです。昔の教科書であれば苦労はありません。こうしたことで、デジタル化のアクセシビリティが遅れ、読みたくても読めない人が拒絶されています。
・新しい試みに注目
Google Playで買った日本語電子書籍がNexus7やGalaxy NexusのTalkbackの読み上げ機能で読めます。
日本経済新聞は元旦に、もうすぐAppleが日本で電子書籍販売に参入するという記事を掲載しています。Apple製品は、TTSが最初から組み込まれています。iBookstoreが日本語のサービスを始めれば、ほぼ100%音声読み上げに対応します。
私どもも、実証研究をやっている最中ですが、ここに多くのニーズが集中すれば他も追随します。アクセシブルなマーケットの考え方は、こういう視点も見ていかないといけません。
ブックスキャン社は、自炊を代行する事業者で、著作権に配慮しながらサービスを継続しています。β版ですが、本をスキャンしてOCRをかけた上で音声読み上げにも対応させるサービスを始めました。実際に体験いたしましたが、非常に精度が高いものでした。
従来の書籍を電子化していく点で、ブックスキャン社の取り組みは注目する必要があると思います。
こういう問題意識で論文を書かせていただき、情報通信学会の学会誌に掲載いたしました。四人で執筆いたしましたので、それぞれの方から私の話を補完するような形でお話いただければと思います。
●池田敬二
KindleやAppleのボイスオーバーを評価する声もありますが、まだまだアクセシビリティの観点から見ると不十分だと私自身感じております。
昨年の「神田古本祭り」で電子書籍体験のイベントでは、電子書籍に初めて触れるという方が多くいました。文字拡大・TTSのデモもしましたが、本がものすごく好きでも電子書籍までたどりつけない方が多いと思います。技術はかなり備わってきているので、あとはどのように組み合わせるのか、市場を拡大するために電子書籍のいろんな機能をどう使っていくのかというのが大事なフェーズに来ていると思います。
議論だけではなく、TTSや電子書籍のアクセシビリティを具現化したいと考え、電流協のニューズレターはすべて読み上げ機能に対応させています。
●山口 翔
立命館大学では、このような読書アクセシビリティを電子書籍を普及をきっかけにどのように向上させるかという研究を行っています。
論文の全体構成としては、第一章で全体の電子書籍の普及の背景からお話した上で、米国では普及している技術が日本で普及していないことや、日本ではどのようにできるかという観点から第二章で制度、第三章で実際にどのようにできるのかという構成になっています。
二章では、37条の経緯とカバーできている範囲、カバーしきれていなくて図書館の方々が努力してガイドラインの形でとりまとめてるもの。それでもカバーできていない範囲を読書困難者まで含めて、市場でドライブする形での話を考えて行けないか。それを受けて、三章でアクセシビリティを向上する技術としてフォーマットの観点やTTSという技術の観点を取り上げています。
日本の電子書籍の場合は、さまざまな会社が独自のビューアを作るか、どこかのビューアを利用する形なのでフォーマットでできることが限られてきます。
日本では、KindleがTTSをサポートしない形でサービスインしてしまいましたが、GooglePlayやiBooksが書籍販売をサポートすれば、本を購入する段階から聞くだけで行えます。そのような技術的背景にも着目していくべきという形で結論に向かう構成です。
●岡山将也
第三章では、TTS技術の詳細について話をしています。EPUB3をターゲットにすることで、IDPFとDAISYとが繋がっていきます。EPUB3は、健常者の方も普通に本を見ながら聞きながら読むことができます。満員電車では、乗車率200%を越える区間は山ほどあり、身動きがとれない中で耳で聞いている方も多くいます。EPUBは、オーディオブックやDAISY、盲聾唖の方向けに点字にもできます。ワンソースマルチユースの考え方で展開できます。
TTSの基盤となる読みに関する情報については、電流協でガイドラインを出しています。論文では、バージョン1で、バージョン2を研究部会の中で発表しました。今後、オーサライズしていこうと思っております。
日本語というのはすごく奥が深く、そう簡単には読み上げができません。アクセントの位置で意味が変わるものがあります。海で「牡蠣」を拾ったのか、「柿」を拾ったのか、読み上げたときに意味が分かるようにしなければいけません。この問題も含めて、バージョン2では言及しています。
論文の方でも、一つ一つこういうことを気をつけないといけない点を書いていますので、ぜひ見ていただければと思います。
●林 紘一郎(情報セキュリティ大学院大学)
私は著作権の研究者ですので、この問題は学問的に身近な問題ですが、家内が腰痛で歩行困難であるばかりか、目も耳も悪くなったため、個人的にも身近な課題になりました。
読み上げ技術の進歩は、目の不自由を緩和しますが、読み上げのさらにその先があるという感じがいたします。
というのは、どう聞こえているかの検査技術は、目に関する検査技術の進歩の度合いに比べるとすごく遅い。
目については眼科だけではなく、眼鏡屋さんでも相当の検査ができますが、耳の検査は何十年も進歩していません。
人によると思いますが、家内の場合、高音で話すアナウンサーの声は聞こえません。ソプラノの人は聞こえませんが、アルトなら家内のような人にも、ものすごく聞きやすい音です。
このような課題があるということは、この分野がさらに進歩するということでもあり、今後に期待しています。
●松原洋子(立命館大学)
私の大学には、視覚障害者の学生が数名おります。その関係で、本のアクセシビリティには切実な問題として関わるようになりました。
特に大学院生は論文を書くことで競い合いますので、できるだけ早く文献を入手し読まなくてはいけません。しかし、紙の本の内容をテキストデータ化して音声や点字に変換して読めるようにするには、手間と時間が非常にかかります。そのため、少なくとも新刊書に関しては、デジタルで出版された時点でアクセシブルであることが必須だと考えています。
読書のアクセシビリティについては、視覚障害の方を中心に、最近では視覚的には見えるけれども、文字の認知が難しいディスレクシアの方も含めて、当事者やその支援者が長年取り組んでこられました。また、著者の意向を受けて出版社が視覚障害等の方のために紙の本のテキストデータを提供することがありますが、これはほとんど担当編集者の持ち出しの労働でまかなわれてきています。そういった長い辛抱強い取り組みがあって、ようやく本当の電子書籍元年がきた今、読書のユニバーサルデザインが問われているのだと思います。
今日ご発表いただいた論文でも、いろいろな問題点を指摘していただいていて、やはり課題は多いなと感じております。また、これまで例外的にテキストデータを提供してきた出版社が、現在の大きな電子書籍化の流れで、テキストデータ提供のセキュリティの状況が変わったと考えて、慎重になるのではないかと心配しています。
●成松一郎 (読書工房 代表・出版UD研究会)
NPOの「バリアフリー資料リソースセンター」は、2004年に出版社からテキストデータを提供する仕組みを作りたいと思って始めたものです。
視覚障害者等のためにテキストデータのリクエストを出版社にすると、大手ほど壁が厚く、零細ほど提供が早いという現状です。
電子書籍の動きと、テキストデータの提供は反目するのではなく、いい形で共同的な流れにしなければならないと思います。利用者ニーズは、構造化されたデータや、プレーンなテキストなど、人によって違います。その辺の仕組みをどうするのかは議論が必要です。
セキュリティの問題に入り込んでいくと、それを言い訳にして進まなくなります。共同の仕組みなり、図書館や組織が責任を持って提供するような形を考えています。セキュリティはイタチごっこの世界なので、データの提供の仕方は選択肢を広げ、仕組みは多くの人たちで共同という形がいいと思います。
●松井進 千葉県立西部図書館(出版UD研究会)
図書館員をやっています。私自身が視覚障害当事者ですので、なんとか本を読みたいと思って、出版UD研究会などいろんな活動をさせていただきました。
お話を伺ってて、寂しいのは結局は黒船頼りかというところです。ぜひ、国産でTTSが最初から入った読書端末を作ってほしいなと今でも思います。
また、ブックシェアや共同自炊の話がありましたが、提供する仕組みを作るのかとは別に、一般の方に聞く読書を普及させるのか。海外は、オーディオブック文化が非常に発達していますが、日本では発達していません。ここをいかに克服していくかで、これからの読書スタイルが変わっていくと思います。
高齢化に向かうということは、社会的にいろんなインフラを整備しなければいけません。その一つとして、読書も必要なインフラだと思います。聞く読書・拡大、他の方法もあるかもしれません。いろいろな方法で読めるというのが、社会にとっても求められるニーズだと思います。
●伊敷政英 アクセシビリティコンサルタント (Cocktailz)
私は、生まれつきロービジョンで弱視です。弱視者向けに、本を読みやすくする研究はどの程度進んでいるのでしょうか。iPadで、i文庫HD等で、横書き・ゴシック体に変更して色反転して読んでいます。しかし、メニューを選んでいるうちに消えてしまい操作しにくい。操作のしやすさについての研究の現状はどうでしょうか。
●松原 聡
この点は、論文の中で岡山さんが論じていましたが、字数の関係で教科書の論文の方に移行しました。
東洋大学の経済論集の投稿論文で、三月末に「デジタル教科書プラットフォームの検討」を出します。教科書は大きなマーケットです。教科書をデジタル化することの教育的効果も大きく、教科書がアクセシブルになることで、書籍全般のアクセシビリティにも繋がるという内容です。
アクセシビリティに関してはTTSだけではなく、いろんなところで見ていかなければなりません。盲聾の方を含めてどうするかという議論もしていました。
●岡山将也
視覚障害者の大半がロービジョンの方々です。これから老眼の方も含めて約7000万人います。高齢者よりも多く、30代から老眼が始まっています。小さい字は見えない、見えるけど見にくいという人にどうサポートするかもやらなければいけません。
ロービジョンのメニューや、色弱者の白黒反転の話もあります。色弱者は、日本に640万人います。赤と緑が同じに見える。写真に文字が入ると見えづらい。どう色を出すのか・拡大やゴシック体にするなど、インターフェイスの部分は重要です。
実際に、デジタル教科書の世界ではディスレクシアの方も含めて対応が必要です。リーダーの標準化とか敷居が高いところなので、メーカーの協力を得ながら国として取り組む必要があります。当事者としての意見を言っていただいて、我々・出版社・文部科学省・総務省も含めてアプローチしていきたいと思います。
●小高公聡(NTTクラルティ株式会社)
全盲の視覚障害者で、共同自炊実験に参加しています。
現状OCR化されたテキストは、文字の誤認識がかなりあり非常に読みづらい状態ですが、それでも当事者は本を自分で買って実験に参加しています。それだけニーズがあり、アクセシビリティに配慮された電子書籍を待ち望んでいるということを理解していただきたいと思います。本は目で読むものと思われがちですが、視覚障害者は耳で読む、点字を指で読む、いろいろな読書の方法があります。
●松原 聡
共同自炊に関して、どの程度のOCR精度を期待しているか、不満度などアンケート集計をしています。
共同自炊型は、OCRだけで精度が上がっていませんが、OCR化をNPO法人に委託して一冊3000円程度のコストです。
ブックスキャン社は、OCRまでで200円。TTS対応は、現在β版で無料です。もし、お金を取るとしたらと訊いたところ数百円で可能ということでした。
●丸山信人(電子出版制作・流通協議会アクセシビリティ研究委員会副委員長、株式会社インプレスホールディングス執行役員)
アクセシビリティには、社会的コストがかかります。従来のボランティアの観点だけでは限界があります。アクセシビリティマーケットとして、エコシステムをつくり還元していくしくみにしていかないと永続性がありません。
このしくみをつくっていくためには、産・学・官共同で取り組んでいく必要があります。例えば、具体的なケースとして、デジタル教科書もその一つです。若い世代がデジタル教科書にアクセシブルに利用できる環境をつくっていくことで、より日本全体がデジタルによるアクセシビリティを考え、その向上につながっていくと考えています。
今後、事務局から、アクセシビリティ研究委員会の各研究部会のご連絡があるかと思いますが、ぜひ、多くの皆さまにご参加いただければと思います。
【講演終わり】