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電子出版制作・流通協議会



News Letter Vol.008 電流協 環境整備委員会特別講演

「電子書籍の権利問題について」

2012年03月21日 13:30-16:00
日本教育会館 9階 第五議室

「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議※1」について
「電子書籍の流通と利用の制度面での課題」

講演者
 東京都立大学名誉教授
 電流協環境整備委員会委員長
 電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議座長
  渋谷達紀

※1 「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」文化庁の主催で平成22年12月~平成23年12月に実施された会議。発表物及び報告書類は以下のURLにあります。 http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/kondankaitou/denshishoseki/01/index.html

 電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会(以下「検討会議」)の検討事項は三つあります。一つ目は、電子書籍を皆が読めるようにすべきかどうかという事項です。これは、今回の著作権法改正法案で改正する旨の規定が置かれ、成果が上がったと言えます。二つ目は、出版物の権利処理の円滑化に関する事項です。 著者や出版者が不明となった孤児作品や絶版資料をどうやって権利処理して、国民が利用できるようにするかを検討しました。三つ目が、出版者の権利付与に関する事項で今日お話する主な内容になります。
 出版者は、これまで著作者から、著作物の利用許諾を受けて出版をしています。有する権利は、許諾を受けたことによる権利、契約上の権利です。
 電子書籍の配信は、法律用語でいう送信可能化です。
 個人が紙の書籍をデジタル化するといういわゆる自炊行為が行われ、外国では無許諾のデジタル化出版物を配信するという海賊版配信の問題が起こってきました。そこで日本書籍出版協会(以下「書協」)から、侵害対策の検討について強い要請がありました。出版者が契約に基づいて権利を持っているだけでは、侵害対策として充分ではない。著作権法上の何か新しい権利を作り、その権利を我々に与えて欲しいというものです。
 そこで、出版者への権利付与に関する事項では、二つの事を議論しました。一つは、新しい権利を付与してもらい、その権利を活用して、権利の集中管理を図るようなことができるのではないかという論点です。もう一つは、出版物にかかる権利侵害の対応について、権利の付与が必要かどうかです。
 今日は、侵害対策についてお話させていただきます。
 昨年12月に公表された報告書によると、「電子書籍市場の動向を注視しつつ、出版者への権利付与等の具体的なあり方について、制度的対応を含めて官民一体となった早急な検討を行うことが適当であると考えられる」とあります。
 これに基づき、文科省に出版者の権利付与に関する協力者会議が組織され、本年6月頃に報告書を作成する予定です。
 なぜ、法律問題を検討する必要があるのかですが、二つの理由があります。
 他の国では、出版者が権利侵害者に対して差止請求を行えます。しかし、日本の民法で不法行為を定めている第709条の解釈は、金銭的損害賠償の請求だけが可能で差止請求はできないのが定説で、国際的に見ると変な解釈です。
 従来の、出版者が有する権利では、海賊版の出版に直接対抗できません。では、著作物の海賊版の出版に限って、差止請求ができる解釈を形成することが考えられますが難しい状況です。著作権法には、特許法の専用実施権に当たる出版権の規定があります。登録を対抗要件としてあります。すでにこうした権利が定めてあることが障害となります。
 そこで、出版者はどのような対抗措置をとることができるのかというと。
 ・債権者代位権の行使による対応
 ・著作権の譲渡による対応
 ・他の制度に基づく対応(著作権以外)プロバイダー責任制限法に基づく対応
 ・出版権の規定の改正による対応
 ・出版物にかかる権利保全のための規定の創設による対応

 協力者会議では、この五つの提案について、一つ一つ法律的な側面から検討を加えていく予定です。
 債権者代位権は、民法の第423条に規定が定めてある行為です。民法の第423条の規定を著作権侵害の場合に当てはめると次のようになります。
「著作権者が権利侵害者に対して、著作権を行使しないことにより出版者が著作権者に対して有する債権が保全されないことになる場合、出版者は著作権者が有する著作権を代位行使することができる」
 出版者が、債権者代位権を行使するには、出版者が著作権者に対して何らかの債権を持っていることが前提です。この債権は、独占的利用権になります。出版者が著作権者に対して、第三者には利用権を与えないように請求することのできる債権を有する場合です。著作権者が権利侵害に対して何もしないで放っておく状態は、事実上利用を許諾しているのと同じ状態で独占的利用権が侵されていることになります。
 債権者代位権の行使には、特許法・意匠法で独占的な通常実施権者による差止請求権の代位行使を許さなかった判例があるという問題があります。この判例があるため、出版者の利益保護手段としては、大変不確実で裁判を起こしてみないとわからない状況です。また、著作権者から独占的利用許諾を得ておかないと債権者代位権の行使はできないという障害もあります。とても出版者としては受け入れがたい提案です。
 著作権の譲り受けは、諸外国で行われているようです。アメリカ・イギリスなどの出版者は、著作者から出版権だけでなく複製権やネットで配信する権利も含めた著作権全体を譲り受けて出版をしています。これは、書籍について出版者が著作権者になるので、権利侵害行為に対して複製権・送信可能化権の侵害を主張できます。日本では、著作権を譲り受けないで出版しています。電子書籍時代だから著作権を譲渡してくれと言うのは、著作者との信頼関係・契約関係が損なわれます。また、一つの出版者に著作権が独占され、著作者は自分で著作物を利用できなくなります。独占の範囲が非常に広くなってしまうため問題もあり、書協としては受け入れがたい提案です。
 著作隣接権は、現行の著作権法でいうと実演家の権利です。実演家は、舞台やテレビなどで演技した、演技について自分が独占できるため無断で録音・録画してはいけないと言えます。レコード制作者・有線放送事業者も著作隣接権を持っており、同様の権利を出版者に与えて欲しいというものです。諸外国でも、出版者に著作隣接権を認めているところはありません。また、著作権法の改正が必要で難しい改正になると思います。
 著作隣接権は、それを行ったものの行為ごとに成立する幅の狭い権利です。認めてあげても周りが迷惑することはありませんので、立法する事について大きな抵抗はないと感じております。ただ、現在の議論では、新しい権利を著作権法の中に一つ拵えるのは、影響するところが非常に大きい・大変なことになるという感じ方が一般で、検討会の中でも意見が分かれました。
 出版権ですが、著作権法には次のような二つの条文があります。
「複製権者は、その著作物を文書又は図画として出版することを引き受ける者に対し、出版権を設定することができる。(79条1項)」・「出版権者は、設定行為で定めるところにより、頒布の目的をもつて、その出版権の目的である著作物を原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画として複製する権利を専有する。(80条1項)」
 権利侵害者に対して、出版権者であるという主張をすることができ、損害賠償請求・差止請求をすることができます。特許法の専用実施権者が持っている権利に当たるものです。
 出版の概念に、電子書籍のインターネット配信を加えて、配信業者が送信可能化権を持つ方法があるという見解は、検討会議が始まった当初(平成22年12月)から言われていました。電子書籍の出版は、事実の方が先行しています。文科省としても、しばらくは模様見をしたいのではないかと私は感じています。実際問題として、改正にたどり着くかどうか難しいところです。
 出版権の規定を手直しすると、独占の範囲が広くなります。出版権の設定期間は、約3年程度と言われていますが、短期間でも幅の広い安定的な権利が一つの出版者に与えられてしまうという面があるため、出版業界は積極的ではありません。
 出版物にかかる権利保全のための規定の創設による対抗が訴訟担当です。著作権法の第118条の規定を参考に著作物の発行者が著作者に変わって権利侵害への対抗を可能とする規定を著作権法上に創設することも考えられるのではないかという意見もありました。第118条には、無名の著作物・変名(ペンネーム)の著作物があります。著作者が誰かわからない・著作者本人は後ろに隠れていたいから、本名を出しません。しかし、権利侵害訴訟を起こすと、裁判所に提出する文書には本名を書くために本名・住所がわかってしまいます。それは困るという著作者は出版者が代わって訴訟を起こすことができるということを定めています。この行為を訴訟担当と言います。著者が権利者であることは代わりませんが、訴訟を起こすときだけ出版者に当事者適格を与えられます。著作者が、訴訟担当を認めるかどうかは、著作者の意志によるので任意的訴訟担当と言われます。侵害対策だけなら、訴訟担当も一つの手です。著作隣接権を行使するよりも、出版者にとっては任意的訴訟担当によって訴訟の当事者になる方が、訴訟上主張できる権利の範囲が広くなります。しかし、出版業界はこの話には乗ってきません。訴訟で自分が当事者になれると言うだけでは足りない。著作隣接権を持っていれば、集中管理してうまい具合に利用できるかもしれない、業務の拡大につながるかもしれないと言う思いがあります。
 協力者会議では、こうしたことも検討してみようかと考えています。

【講演終わり】

【本文終了】