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電子出版制作・流通協議会



News Letter Vol.006「電子出版アクセシビリティ・シンポジウム」

第一部 パネルディスカッション
「電子出版におけるアクセシビリティの今後のあり方を考える」

2012年2月13日 13:00-16:45
如水会館 スターホール

コーディネーター:
 松原 聡(まつばら さとる)(東洋大教授)

パネラー:(五十音順)
 石川 准(静岡県立大教授)
 阪本泰男(総務省大臣官房審議官)
 松原洋子(立命館大学教授)
 丸山信人(まるやま のぶひと)(電流協 特別委員会委員長 / インプレスホールディングス執行役員)

●松原聡(まつばら さとる)
 世の中の関心が高まって和製英語の「バリアフリー」から、正確な英語の「アクセシビリティ」が一般化しました。
 今日は、電子出版が普及したときに、読書が不自由な人たちが書籍にアクセシブルになる条件を議論したいと思います。

●丸山
 アクセシビリティについて定義付けをしてみると、電子出版アクセシビリティは「紙の出版物では実現できなかった、デジタルによって出版物などの知識に近付きやすくなること。そして、情報やサービスを利用しやすくなること」と再定義できると思います。
 電子出版アクセシビリティの対象として、「読書障害者」というコンセプトを昨年提言しました。
 例えば、日本は高齢者でも65歳以上が約3000万人います。老眼で新書や文庫サイズが読みにくい、耳が聞き取りにくくなったという方がほとんどです。そして、幼児といわれる言語習得の過渡期にある5~14歳の方々も約1000万人います。
 また、視覚障害・上肢障害・発達障害など目や手が不自由な方々をはじめ、知識・知恵にアクセスできる場にいない方々としては、外出できない入院患者などもいらっしゃいます。
 さらに、地方に多い自動車通勤や混雑した通勤電車など文字が読めない環境の方々には、オーディオブックのような形で提供すれば読書が可能ですし、もう一つ重要なのは、昨年の3.11東日本大震災の被災地の方々もアクセシビリティ環境と考えて提供していくべきです。
 この方々への対応は、持続継続的でなければ意味がありません。また、いわゆるボランティアだけでは広がりません。そのため、読書障害者のための、新しいアクセシビリティというマーケットをつくる必然性を提言させていただきます。
 また、電子出版のアクセシビリティマーケットは、循環型のソーシャルビジネス設計が必要だと思っています。高齢者・幼児の方々には適正価格を設定し、そこでの利潤を目や手が不自由な方々に循環する。こうしたエコシステム設計が重要だと思います。
 アクセシビリティマーケットを創生するための重要な視点は二つ考えられます。一つは、デジタルイノベーションの視点です。アクセシビリティの技術、コンテンツ制作、ユニバーサルデザインの製品などの進化が必要になります。特に、文字拡大機能や、TTS(読み上げ)機能・オーディオブック機能など、ユーザビリティのための技術向上が必要です。そして、アクセシビリティに対応したコンテンツを作ることや、シニア専用や幼児専用などのアクセシビリティ向け専用デバイスも必要となります。
 もう一つは、ソーシャルの視点です。特に重要な要素は、ソーシャルデザイン、ソーシャルグラフ、ソーシャルビジネスの三つです。従来、民間と公共サービスでは、重複する部分が少なかったのですが、アクセシビリティを考える上では、民間と公共の重なる部分が非常に大きくなります。ここに新たなソーシャルビジネスのサービスを設計し、マーケットを創っていくべきです。
 誰でもが知識に近付くことができる電子出版のアクセシビリティマーケットを、産官学のリエゾンで創造していくべきだと考えます。

●松原洋子
 私たちが立命館大学で進めている「電子書籍普及に伴う読書バリアフリー化の総合的研究(IRIS:アイリス)」の背景には、立命館大学生存学研究センターの活動があります。「生存学」では、病気になる・歳をとる・障害を持つなどの様々な身体の異なりについて、医療や福祉の専門家の目線ではなく、違いの中を生きていく人たちの目線・考え方で研究をします。非常に学際的で、哲学・社会学・生命倫理・経済学等いろいろあり、その一つに読書アクセシビリティの研究もあります。IRISではこの生存学での研究をベースに、電子書籍市場の成長と連動しながら読書アクセシビリティをいかに拡大させるかを研究しています。
 読書障害者は、英語で”People with Print Disabilities“と表現され、印刷された本などを読むときに障害がある人を指します。このような方も、ICTを活用すると本が利用しやすくなります。たとえば視覚障害をもつ方や、文字の配列や文字の形を認識するときに障害があるディスレクシアの方は、テキストデータやDAISY(デイジー)データ、あるいはボーンデジタルの読み上げ可能な電子書籍であれば聞いて読むことができます。
 大学や教育機関では、読書障害をもつ学生もレポートを期限までに提出する、また大学院生ならば論文を書いて発表するなど、スピーディーでオンタイムな読書が必要です。しかし、即座に聞いて読めるものがほとんどない現状では、スキャン・OCR・校正という膨大な時間をかけないと読めません。しかしICTを使えば利便性が非常に高まり、現在のバリアがだいぶ解消されるはずです。

●松原聡(まつばら さとる)
 東洋大学では、特別研究で大学から予算をいただいて、『「出版のデジタル化」におけるプラットフォームの分析(略称:tu-Rip)』という研究を行っています。
 電子書籍は夢の技術という認識です。音声読み上げができれば、視覚が不自由な方達のアクセスが非常に簡単になります。電子書籍になると、最初から音声読み上げが可能な形でマーケットに出るので手間は不要になります。
 電子書籍であれば、文字の拡大は自由にできるので弱視の方なども読みやすくなります。
 2009年2月にKindle2で実質的にTTSが実装され、男女とスピードを六種類の中から選べます。その英語が非常にきれいで、スムーズで衝撃を受けました。
 日本の現状は、東芝一社から音声読み上げ対応のデバイスとマーケットがでただけで、Kindle2から3年経過してもまだこのような状態です。
 日本語の縦書きやルビに対応する中で、日本はフォーマットもストアも乱立し、デバイスも乱立しています。これはTTS対応だけではなく、すべてのユーザーにとって非常に不便な状況です。
 このあたりのところと、日本語のTTS対応が3年たってマーケットにでてこないというところをしっかりと研究の対象として行きたいというのが問題意識でした。
 もう一つは、アクセシビリティというと、数十万人の視覚が不自由な方の読書をしやすくするのは大変なことですが、非常に小さなマーケットだけの話ではありません。指を怪我しただけで、本をめくることができないなど、読書が不自由だということは、マーケットとして大きな非常に広範な問題です。
 一般的な意味でのユーザビリティ、ユーザーインタフェースについてしっかりと配慮することが結果的にアクセシビリティにも繋がると思います。そういう意味では、アクセシビリティとユーザビリティはニア・イコールで一致しているのではないかという問題意識になりました。
 研究の中身は、ストア、デバイス、フォーマットの組み合わせを調べています。日本の場合は、これらが乱立しています。音声読み上げの物理ボタンの有無などまで含めると、組み合わせは数千にもなります。欲しい本・使いたいフォーマットは、どれを使っていいのか判らないという状態はおかしいと思います。
 アメリカでは、Kindle・Reader・iPadと組み合わせ自体がシンプルで、TTSについてはiPad・Kindleが対応しています。この組み合わせはなるべくシンプルにならないとダメです。

●石川
 利用者としての立場と、サピエという電子図書館サービスを提供している「全国視覚障害者情報提供施設協会」の理事長としての立場、それに支援機器開発者という三つの立場から簡単に三点お話をします。
 最近流行りの「自炊」は、画像化に主眼があり、OCRでのテキスト生成も、ある程度検索ができればいいというものです。
 一方私は、もっぱらテキスト化を目的とするOCRの活用という意味での自炊を10年以上前から行っています。自炊をすれば、読みたい本がすぐに読めるというのは、代え難い魅力です。かつては、スタッフが丁寧に校正していましたが、時間がかかりすぎて少ししか電子化できません。現在は、原則未校正です。自炊の一番の利点を活かすには、未校正で読むか、自炊による読書では未校正で読める本しか読まないのが合理的です。
 全国視覚障害者情報提供施設協会が運営するサピエというオンライン電子図書館でもテキスト化作業(テキスト・DAISY化)を始めました。しかし、上流のデジタルコンテンツ(DTPデータ)が印刷され紙の本になって出版されます。下流で紙の本を掬いあげてもう一度画像化してOCR・テキスト化・校正という作業を行うというのは非効率で社会的コストの点でも合理的ではありません。
 自炊読書の限界は、文字だけの本しか読めない、誤認識に耐えなければならないことです。数式や表、日本語と英語の混在文章などはOCRでは厳しいという問題もあります。
 自炊の社会化・共同自炊の可能性についても考えることがあります。アメリカには10年程前からブックシェアという団体があります。日本でもやりたいと思いますが、さまざまな問題があります。法的には、著作権法37条により、視覚障害者等は、複製された音声データやテキストデータを読むことはできますが、個人が自分で複製して有資格の利用者に提供することは認められていません。情報提供施設という政令で指定された施設しか複製できません。自分で裁断できない、校正できないという問題もあり共同自炊は簡単には実現できないものかもしれません。
 オンライン電子図書館「サピエ」は、視覚障害者とディスレクシアを対象とした、いつでもどこでも読書できる最先端の電子図書館です。
 サピエは、PC・携帯電話・DAISYオンライン(Wi-Fi対応携帯型読書機器でアクセスするサービス)で利用できます。利用料は無料です。全国のボランティアと情報提供施設がコンテンツを制作しています。
 ボランティアが作業の中心を担っているというのは例外的になってきており、他分野では専門職化が進んでいます。音訳や点訳といった分野でもいつまでもボランティアがいてくれる保証はありません。
 サピエ図書館の登録データ数は52万で、ダウンロードできる音訳図書が約3万、点訳図書が13万です。それらに比べて最近始まったばかりのテキストDAISY図書はまだ100タイトルにも満たないという状況です。
 全ての図書がサピエのサーバにあるわけではありません。個々の図書館が持っている蔵書も少なくありません。しかしサピエではそれらも検索でき、直接ダウンロードできないものはオンラインリクエストを行うと利用者に郵送する仕組みになっています。
 サピエの登録者の推移ですが、2年前に6000人だったのが、現在9700人と1.5倍になりました。
 サピエは、厚労省の補助金が50%、個人の寄付金がその半分弱と、施設からの利用料でまかなっています。年間およそ5000万円必要ですが、収入は4000万円程です。個人利用料の導入を提案していますが、とくにサービス提供側から無料を堅持すべきという強い反対論があります。
 利用についてのアンケート調査を現在行っています。集計はまだ途中ですが一部ご紹介します。
 満足度は非常に高く、とても満足しているが56%、ある程度満足しているが40%です。サピエという電子図書館が視覚に障害を持つ人の読書生活にとってなくてはならないものであることを示しています。
 ダウンロードは、PCが月間65000回、携帯電話が5000回、DAISYオンラインが50000回とかなりの量です。
 ダウンロード方法は、PCが80%、携帯電話が7%です。DAISYオンラインは11%しかありませんが、ダウンロード数ではPCと変わりません。読書端末をモバイルにし、どこでも使えるようにすることで利用量が劇的に増えることを示しています。
 サピエの利用頻度については、毎日という人が30%、週に2~3回という人が34%、月に2~3回という人が24%、たまにという人が9%で、かなり積極的に利用しています。
 サピエ電子図書館の経験からも、電子書籍が普及し、読みたい本をいつでもどこでも読めるようになれば、読書を誘発・触発して日本全体の読書量は飛躍的に増大すると考えられます。いまここですぐに読めるということは、とても大事です。
 また音声読み上げは、視覚障害者だけのニーズではなく、潜在的な利用者は1000万人はいると思います。サピエの利用者で、読み辛さを抱える高齢者で障害者手帳を持っていない方がたくさんいます。運転中などに使いたいと感じる人も多いと思います。
 TTSの性能は、自然な人間の発声に近いものになってきています。また、ソーシャルリーディングのような新しいスタイルも電子書籍であれば可能です。学術書であれば、検索機能は非常に重要です。構造的ナビゲーションも重要です。
 電子書籍のアクセシビリティには、三つのアプローチがあると思います。
 AmazonのKindleのように最初からTTSを内蔵するアプローチ、Appleのようにボイスオーバーといったスクリーンリーダーを自社開発して、スクリーンリーダーでOSやアプリケーションを音声読み上げするアプローチ、もう一つはサードパーティの力を借りる支援機器ベンダー連携アプローチです。
 AmazonとAppleのアプローチに共通するのは、サードパーティによる貢献ができない、サードパーティとの共同作業をしないことです。両社はユニバーサルデザインを自社の判断で自分で設定した範囲において行っています。改善すべき点、改善したい点があってもサードパーティはどうすることもできません。ボイスオーバーの日本語対応はIMEの読み上げといい点字表示といいきわめて不十分ですが、Appleが直さない限り誰もどうすることもできません。
 私は日本では、支援技術ベンダーとの連携アプローチを進めるべきだと思います。DRM問題も含めて現実的な解決策があると考えています。

●阪本
 先日発表された人口推計では、老年人口(65歳以上)が増加しています。年代別インターネット利用率で、顕著なのが65歳以上の利用率が最近非常に上がっていることです。
 障害者の方々の生活環境では、拡大読書機はまだまだ普及していません。また、インターネット利用で困ることは、内閣府の調査によれば、一般的な個人情報の流出が怖いなどに加えて、画面の表示やデザインが見づらい、音声が聞きづらいという割合がそれぞれ10~15%あり、これらの解決は大きなテーマだと思います。
 電子出版の関係ですが、一昨年3月に総務省・文科省・経産省による懇談会(三省懇)が発足し、オープン型電子出版環境の整備、検索技術、著作権の問題、図書館と出版社のあり方など、かなり具体的な検討をして、一昨年6月に報告書を取りまとめています。
 フォーマットに関しては、現在様々なフォーマットがあることから、交換フォーマットが必要ということで、総務省委託事業において電子書籍交換フォーマットを策定いただき、昨年の5月にその仕様を公開しました。オープン規格の交換フォーマットができることで電子出版の市場も拡大していくと見ています。
 アクセシビリティの関係では、TTSを中心にお話があり、総務省委託事業で電流協にガイドラインを作っていただきました。これに基づいて、取り組んでいただけると、さらに便利な電子出版サービスが実現できるのではないかと思います。
 高齢者・障害者への配慮を促進するための標準化の取り組みは、従来より行っています。JISは経産省の所管ですが、総務省としてもアクセシビリティの反映に努力をしています。(JIS X8341)
 JIS X8341-3のWebアクセシビリティを5年ぶりに改訂しました。項目を細分化し、A~AAAの三段階に分けて取り組みやすくなるアプローチをしています。
 一般的なアクセシビリティの改善策としては、平成24年度、身体障害者向けサービスの開発助成として約7000万円、研究開発助成として約8000万円の予算を計上しています。

●松原聡(まつばら さとる)
 丸山さんはソーシャルビジネスで、一方、石川さんのサピエはタダなのでソーシャルであってビジネスではない。このあたりが難しいと思いますが。

●丸山
 日本は、高齢化社会に移行しており、人口はさらに減ってマーケットは縮小します。お金にならないから続けないのか、その逆か、常に卵か鶏かの議論になってしまいます。したがって、アクセシビリティは産学官の連携で先ず「雛」を作り、その中でマーケットの可能性を見極めていくことが必要だと考えます。従来の社会福祉設計や民間ビジネス設計と異なりますし、難しい設計ですが、新たなソーシャルビジネスというサービス設計をしていく必要があると思います。税制と同様に公平に、対象者別にその価値にあわせたサービス条件や価格設計をして、このサービスは、新たなソーシャルビジネスとして検討していくべきだと思います。

●松原聡(まつばら さとる)
 紙の書籍があり、それが音声読み上げになって、サピエでタダという状態ならいいですが。現実は、電子書籍のマーケットが出てきて、サピエでは限定された本しか入手できないが、ストアでお金さえ払えばどんな本でも入手できるようになるかもしれない。

●石川
 私個人としては、サピエをソーシャルビジネス化できないかと思っています。
 通常は、図書館と書店という選択肢がありますが、これまでは視覚に障害のある人にはほぼ図書館しかありませんでした。図書館は無料という原則がありますが、それを堅持しているとじり貧になっていく可能性があります。サービスを拡充して発展させるには、個人利用料に踏み切ることをタブー視せずに議論すべきです。
 さきほど紹介した調査では、サービスを劣化させても無償を堅持すべきか、利用料をもらってサービスを充実させるべきかをアンケート調査に含めました。結果を見ると、本当は無料がいい、国の補助があればいい、しかしどうしても他に方法がないのであれば有料化もやむなしという利用者が多くいます。
 私は、もっと積極的に、一種の共同出資と考えてほしいと利用者にお願いし、魅力的なコンテンツを充実させてサービスを拡大していきたい。権利者団体と包括的な許諾が可能であれば、オーディオブックを読みたい人ならどなたにでも有償で提供できるソーシャルビジネスもあり得ると思います。

●松原聡(まつばら さとる)
 視覚障害者は、タダにしても上限30万人で止まります。30万人ならタダでもいいという話と、電子書籍のメリットを活かすと広い意味で読書に障害を持っている1000~1500万人がタダでは困る。
 研究書をTTS対応にするには3~5万円のコストと1ヶ月程の時間がかかってしまう状況をどのようにお考えですか。

●松原洋子
 電子書籍の普及に関しては石川先生が言われた図書館モデルのほかに、書店モデルがあります。リアルの場合には、住み分けられていたものが、電子書籍ではかなりクロスします。石川先生のサピエ問題も、そういうことに関わってくると思います。
 私のいる立命館大学では、障害を持った学生が複数学んでいます。著作権法が改正され、公共図書館や大学図書館等では著作権者に無許諾で電子データによる複製ができるようになったので、テキストデータを作って学生に貸し出しています。データを紙の本から作るには時間と労力がかかります。これは版下データが電子化している現在では、技術的に克服できるはずですが、未だに紙ベースで無駄なことをさせられている感があります。
 IRISプロジェクトは、現在の技術水準で実現が可能なのに、読書障害者に限っていろいろなハードルが不合理な形でかせられているのを改善したい、というところから始まりました。市場に流通するオンライン書店で買える本についても、買ってすぐに聴いて読める。またより個別的な支援が必要なら、加工して障害に応じたカスタマイズが容易な電子書籍の製作方法が普及すればよいと願っています。
 どんな人でも、自分が必要なものを、幅広く選択して利用できるのが原則だと思います。読書アクセシビリティについても福祉サービスに限定せず、市場での追求にまで枠をひろげれば、選択肢も増えるのではないでしょうか。たとえば、大学入試は障害があってもなくても、同じ難しさの試験問題を解いて入る。このとき、障害があることでスタートラインに立てないのはおかしい。電子書籍は一般の学生と同様の選択肢を、読書障害を持った学生でも選択可能なシステムを支える重要なツールになると期待しています。

●阪本
 三省懇のときはまだ総務省にいませんでしたので、個人的な考えをお話します。
 2009年に、アクセシビリティについて議論をし、DAISYやEPUBの話もお伺いして大変勉強になりました。当時、今の3年後の姿を想定できませんでした。ここ1~2年で、ユーザーインタフェイスも含めて、かなり改善してきています。課題はありますが、著作権法の改正もしていただいて、技術的には今まで特別・特殊な技術として考えなければいけなかったものが、汎用的な技術として考えられるようになってきています。
 どういう方向にフォーカスを当てて、問題に取り組んだらいいのかが重要だと思います。これまでは、それぞれの分野でコンセンサス作りをやっていたように思います。もう少し広く、将来を見通した流れの中でトータルなコンセンサス作りを行っていくことが重要だと思いますし、それが可能な状況になっているのではないでしょうか。

●松原聡(まつばら さとる)
 丸山さんは出版者の面がありますが、著作権に関わる方もお呼びした方が良かったと思いますが、今までの議論はどう思われますか。

●丸山
 阪本さんの、フォーカスをどこに当てて、どう検証し、どう創り上げていくのかというご意見は大賛成です。
 日本の電子出版がなかなかすぐに立ち上がらない理由の一つには、著作権の許諾の問題があげられます。しかし、著作権の許諾が難しいからといって流れを止めるべきではないと思います。
 例えば、高齢者の方であれば昔読んだ本を読みたい。幼児の方であれば児童書、そして大学関係者の方であれば学術関係が利用したいなど、電子出版といっても、それぞれに応じたニーズがあります。そのフォーカスをあてる方々によって、コンテンツのジャンルも異なるので、著作権の許諾が得やすい分野あるいは進められる出版社からはじめて、徐徐に大きなマーケットに広げて行くのが大切だと思います。

●松原聡(まつばら さとる)
 過去の本・紙の本をTTS対応して読めるようにする話と、普通に有料で新しく出る本がTTS対応するところで、今後サピエがどうあったらいいのか。視覚不自由な方は、どのようなことを望んでいるのでしょうか。

●石川
 電子書籍がアクセシブルな形式で販売されれば、買って読みたいという人はたくさんいます。私たちはそれを切に望んでいます。と同時に、サピエのコンテンツをもっと充実させていってほしいという要望も強いです。やはり書店と図書館という二つの選択肢や二つの機能が社会の中にあってしかるべきです。書店モデルが活性化しても、図書館モデルの存在価値はなくならないと思います。
 サピエには、はっきりとした傾向があります。時代小説やミステリー小説は充実していますが、一般の教養書や専門書は貧弱です。これは、生活の楽しみとして本を読みたいという利用者が圧倒的に多いためであり、ボランティアに制作をお願いしているためでもあるかもしれません。
 アメリカの例でも電子書籍は売れ筋のものが中心の傾向で、Kindle・iBooksでも学術書はそれほどありません。電子書籍市場が進んでも、全ての問題が解決するわけではありません。

●松原聡(まつばら さとる)
 アメリカではKindleやiBooksがあるのに、ブックシェアがそれなりの役割を果たし続けているところだと思います。
 電子書籍として出にくい本、大学図書館・研究者向けの、電子書籍化・音声読み上げ対応はいかがでしょうか。

●松原洋子
 アメリカでは、大学には無許諾で複製する権利がなく、そうした権利をもつブックシェアと連携しています。大学の障害学生数全体で日本は0.2%、アメリカは10%で、障害学生支援も進んでいますが、読書障害をもつ学生の支援についてはアメリカでも苦心しているようです。
 ところで学術書は、初版で絶版になるものも多く、学術的価値や教育上のニーズがあっても再販されて世に出ることはなかなかありません。しかし、電子書籍で再版し、かつ耳でも聞いて読めるなら、学術書の普及流通とアクセシビリティがウィンウィンの関係になります。
 電子書籍ベースならば再版のコストをおさえられるはずで、紙の出版では難しい本でも出せます。大学出版局ビジネスと組み合わせれば、専門書や大学の授業で使う教科書がアクセシブルな電子書籍の形で流通するので、一般の研究する方々や学生にもプラスになるでしょう。

●松原聡(まつばら さとる)
 電子書籍ではコストゼロで未来永劫入手可能なロングテールの形になるメリットがあります。
 今日の議論を踏まえて、どのような形でこれから先議論を続けていけばいいのかをそれぞれのお立場で一言お願いします。

●阪本
 政府のアクセシビリティに対する認識は、まだまだ弱いと個人的に思います。
 政府として、標準化に関して、もう少し積極的に取り組む必要があると思います。厳しい財政状況にはあるのですが、予算措置なども充実できれば良いと思います。国会図書館も、かなり精力的に取り組んでいただいていますし、電子化された国立国会図書館の資料を公共図書館にも利用できるような著作権法の改正も予定されているようです。そういう面で図書館の取り組みに対する期待もあります。
 お願いしたいのは、今回アクセシビリティのガイドラインを電流協さんの方でまとめていただきましたが、今後の超高齢社会なども展望し、産業界ももう少しアクセシビリティにフォーカスを当てた活動を活発化していただければと思います。

●石川
 電子書籍には本当に可能性があって、紙と電子書籍は共生していくものだと思います。ユニバーサルデザインとして電子書籍を進めていくことでマーケットが広がります。同時に、ユニバーサルデザインだけで進んでいく限界もあります。
 AppleやAmazonのアプローチはユニバーサルデザインとしてはベストといえるでしょう。しかしAppleやAmazonのアプローチもアクセシビリティとしてはセカンドベストです。支援技術との連携・共同作業という道が閉ざされているからです。ユニバーサルデザインを進めていくこととアクセシビリティを進めていくこと、その両方が大事だと思います。

●松原洋子
 障害を持った方へのサポートだった自炊を、今は多くの人がやっている。これはIT技術の汎用性の高さを物語っています。
 阪本さんは、将来を見通したコンセンサス作りが必要だと言われました。まさに、そこのところだと思います。技術のフレキシビリティが個別のニーズに対応して、いま読書という局面で大きく展開している状況だと思います。
 仕組み作りのところで、産官学がそれぞれ長期的な見通しを持って共有できるところを探りながら進めていくしかありません。必要な人が必要な形でアクセスできる、その根本のところは何か。それに到達する仕組みを探っていくのが大事だと思いました。

●丸山
 マクロ的な視点とミクロ的な視点の両方が、大切だと思います。マクロ的視点では、25年ほど前に旧郵政省が「高度情報社会」というグランドデザインを描いて、日本の通信インフラの整備を進め、世界で誇れる基盤を創ってこられたように、いま、新たに「高度知識社会」というグランドデザインを描いて、アクセシビリティもその中の一つの推進施策として捉え、産学官の連携によるオープンイノベーションによりその基盤を整備していくことができると考えます。
 また、ミクロ的な視点ですと、まず最初にフォーカスを当てるならば、やはり視覚障害者、高齢者、大学、震災被災地の方々だと思います。例えば、復興支援や実証実験の形で「アクセシビリティ特区」を作って産官学で実証実験をしながらコンセンサスを得ていき、そこでの成果をビジネスとして全国に広げていくステップで、新しいソーシャルビジネスを創っていけるのではないかと願っています。

●松原聡(まつばら さとる)
 私自身の思いは、読書が不自由な方はたくさんいて、その人たちのニーズに電子書籍は対応できます。そのあたりをうまく追い風にして、視覚不自由で読書ができなかった人たちによい環境を作って行けたらと思います。
 そうした方向で産官学の議論をこれからも継続しながら、人が本当に読書にアクセシブルになるような環境を作っていくための第一歩になればと思います。

【講演終わり】

【本文終了】